イタリア国ナポリ大学アーパイア助教授招聘

電気電子工学科 小林春夫

1. はじめに

群馬大SVBLでは2000年9月にイタリア国ナポリ大学 (University of Naple, Federico II) 電子計測工学科のアーパイア助教授(Prof. Pasquale Arpaia)を「AD変換器のテスト評価技術」の共同研究のため招聘した。この研究グループからは先に1999年にダポンテ教授に訪問していただいている。また筆者は2000年3月にナポリ大学を訪問・滞在させていただき、情報交換を行っている(参考文献 [1])。群馬大SVBL滞在中アーパイア助教授には9月11日に「アナログ・デジタル変換器の国際標準化」と題し、群馬大学SVBLで講演をしていただき、共同研究テーマに関し大学院生を指導していただいた。(参考文献 [2]は共著論文である)。また電気電子工学科教官の懇談会を開催し(芳野教授、近藤教授、佐藤助教授、伊藤(直)講師、櫻井助手、筆者が参加)、欧州および日本の科学技術・文化に関して紹介・意見交換を行った。さらにこちらの研究状況を理解していただくため一緒にいくつかの会社訪問・工場見学、大学訪問を行ったので、以下その内容を記す。(筆者もナポリ大学滞在中に同様のことをしてもらっている。)

2.三洋電機(株)(群馬県邑楽郡大泉町)訪問

筆者は三洋電機と1997年からCMOS AD変換器や電源回路の分野で共同研究を行ってきているが、今回そのつてで工場見学をお願いした。「三洋電機は日本を代表するエレクトロニクス・メーカーで欧州でもよく知られている」(アーパイア助教授)とのことだ。大泉町の三洋電機は広い敷地内にいくつもの工場が建ち並び圧倒される。(同工場の中島飛行場時代からのことは参考文献 [3]に詳しい。) この工場内のLSIプロセス用クリーンルーム、LSI 設計ルーム等を見学させていただき、展示室では同社の半導体製品群、有機ELパネル、新しい音響・映像システムの説明を受けた。また、現在進行中のプロジェクトのAD変換器IC, 電源回路の研究内容やLSI CADのプレゼンテーションをしていただいた。見学ルートには品質管理に関するパネルが展示されていたが、アーパイア助教授は「品質管理」の講義も担当されているとのことで、「日本の工場の品質管理」を実際に知りたいと担当者に熱心に質問されていた。見学に際しては第一線の研究者・技術者の方々に説明していただいた。また、同社の半導体関係のトップ・レベルのマネージャーの方々とのミーテングをもつことができ、「英国は欧州大陸から離れた島国であるので欧州大陸の国々からは欧州の一部とは見られていない」等の楽しい欧州談義がなされた。下記の話が特に印象に残った。

● 欧州でも「産学協同」が奨励され、各地に産学協同のプロジェクトが起こっている。

● とくに日本のLSI関係産業界では欧州(ベルギー)の研究機関IMEC に強い関心がある。

● 地中海の(観光地で著名な)マルタ島にSTMicroelectronics社と共同で半導体工場を建設

した等、同社が先入観にとらわれず世の中の動きに素早く対応している。

● 半導体業界では「産学連携」により日本の大学でのLSI設計研究・教育を充実させたい。

これは欧米だけでなく韓国・台湾・シンガポールでも成功しつつある。

● 大学には「産学連携」だけでなく、「大学間連携」にも期待している。

● 日本でLSI分野での新しいプロジェクト(コンソーシアム) Aska が立ち上がりつつあ

り、先のSTARC とあわせ産業界では競争力を回復しようとの動きが急である。

● アナログ集積回路は利益率が高いのに米国メーカーに日本メーカーは押され気味なので

強化していく必要がある。

● 半導体の微細化に伴い電源電圧を高くできなくなるが、その際にアナログ回路で精度を

確保する回路技術が重要になってくる。

最新鋭のエレクトロニクス工場を見学でき、またそこでの経営・技術の第一線の方々の話を直接聞くことができ、アーパイア助教授は大変満足されていた。

また同席していただいた経営企画室の部長さん等に後日群馬大SVBLにおいでいただき、群馬大のLSI関係の教官・大学院生とのミーテング・討論の機会をもつことができた(第4回SVBLコロキュウム「半導体分野の産学協同に関する討論会」)。そこでは同社がフラッシュ・メモリに参入した際のエピソードや韓国での半導体分野に対する優遇政策、半導体産業は好不況の波を繰り返しながらも全体として右肩上がりが大きな特長等が紹介された。日本の大学のLSI関係の研究・教育は重要であると同時に課題が多いと認識させられた。

3.東京測器研究所(群馬県桐生市相生町)訪問

東京測器研究所は「ストレイン・ゲージ、変換器、ひずみ測定器」を主力製品とする計測器メーカーで、創設者が群馬大工学部(桐生高専)出身であり、群馬大工学部の近くの相生工業団地に主力工場をもつ地元の企業である。2000年7月に群馬大学科学技術振興会主催のセミナーで筆者が講演(アナログ・デジタル混載LSI設計技術)したことがきっかけで交流が生まれ、工場見学のお誘いを受けていた。そこでアーパイア助教授の「電子計測」の専門分野と合致するので一緒に工場見学をさせていただいた。最初に会社概要の説明をしていただき、技術的にひずみ測定器に用いられている独自(同社特許取得済)の高精度AD変換器方式等の説明を受け、また米国のNational Institute of Standard & Technology (NIST)の標準に従った計測器のトレーサビリテイを確保するための標準器室、ストレイン・ゲイジ製造のためのファブリケーション・プロセス(半導体プロセスに類似)等の見学をさせていただいた。ISO9000を取得されたとのことで、工場内が整然としているのが印象的であった。

4.早稲田大学理工学部(東京都新宿区大久保)訪問

早稲田大学電気電子情報工学科の松本隆先生のご指導により筆者は1995年に工学博士を得ており、また1994年から1997年まで同大学で非常勤講師をつとめさせていただいた。今回も松本先生にお願いし、早稲田大学を訪問させていただいた。最初に大学の概要を説明していただき、次に産学協同の研究機関であるマイクロ・テクノロジ・ラボ、物性センター・ラボを見学させていただいた。同ラボラトリにはSEM, AFM等最新鋭の設備が導入されている。松本先生の研究室ではトラック・ホールド回路、新方式AD変換器の研究内容を担当の大学院生に説明していただいた。早稲田大学では国立大学とは異なる視点から大学改革がなされているとの印象である。

昼食時等での会話で下記の話が印象に残った。 (i) イタリアでは大学教員の研究評価は、その教員の代表的な論文20編程度をその分野の複数の専門家がレビューし研究の“質”を評価するという方法をとっている。(これは日本の大学での研究評価の方法に対しても参考になるのではないか。) (ii) また近年イタリアでは大学が「産学共同」、「海外の大学・企業との交流」を行うとその大学の評価が高まるというシステムになったとのことで、アーパイア助教授が筆者にコンタクトしてきたのもそれが大きな理由と思われる。松本先生によると、最近早稲田大学にイタリア北部のミラノ工科大学から交流をもちたいと大学間レベルでコンタクトがあり、このようなことはこれまでなかったとのことである。「大学改革」の動きは日本だけでないと感じた。

5.岩崎通信機(株)(東京都杉並区久我山)訪問

 岩崎通信機はオシロスコープ等の計測器の分野で高い技術をもつことで知られ、筆者はこの分野で同社技術者とここ数年間共同研究・技術交流をしてきているが、そのつてで今回訪問させていただいた。最初にアーパイア助教授が同社の開発技術者40名程度を前に講演(「AD変換器の国際標準化とテスト法」)された後、同社のアナログ・オシロスコープに用いるブラウン管の製造工場を見学させていただいた。オシロスコープは徐々にデジタル方式になっていくが、アナログ方式も根強い需要があるとのことである。その一つがScan Converter の技術を用いていたが、ナポリ大学のグループはTektronics 社のScan Converter のキャリブレーション技術の研究をしていたことがあるとのことでアーパイア助教授はその内容に大変興味をもたれた。次にデジタル・オシロスコープでの新しいサンプリング技術の研究内容の説明を受けたが、同助教授は等価サンプリング技術が実際のオシロスコープの製品にどのように実現されているかの説明に大きな関心を示した。ナポリ大学の電子計測工学科は充実しているが、現在イタリアでは計測器メーカーはほとんどないので、これらの技術は文献からでは知っているが実際の製品にどのように実現されているのを産業界の技術者に聞くチャンスがなかったとのことである。逆に言えば日本のこの分野の大学関係者は、周りに多くのエレクトロニクス・メーカー、計測器メーカーがあり 大変恵まれた環境にあるといえよう。同助教授が筆者に対し「あなたはよい研究パートナーをもって幸せだ」と言っておられたのが印象に残る。

6.アジレント・テクノロジ(株)(東京都八王子市高倉町)訪問

アジレント・テクノロジ社はヒューレット・パッカード社の計測部門が数年前分社化して設立された会社で、世界でトップ・レベルの計測器メーカーである。筆者は同社のアナログ・デジタル混載LSI テスターの開発グループと共同研究(「先端電子計測技術の研究」)を2000年度から行っており、その関係で一緒に見学させていただいた。マネージャーの方による会社説明や欧州での同社の活動状況の説明の後、LSI テスター開発部門の見学をさせていただいた。LSIテスターは巨大な電子計測システムであると実感することができ、またそこでの回路技術上の課題の説明を受け、今後の研究テーマの設定に対して大変参考になった。同社は欧州ではLSIテスター関係でドイツに開発拠点をもっているとのことだ。産業界の動向の話として(i) 半導体産業では分業化がすすみ、LSIのテストだけを専業に行うテスト・ベンダーが米国や台湾にあらわれ、最新鋭のLSIテスター群を揃えている、(ii) 携帯電話関係のテストのための計測器は非常に好調である等が印象に残った。また同社の新方式の高速インターリーブAD変換器の原理を説明してもらい大変興味深かった。アーパイア助教授は同社技術者40名程度に対して同様に講演をされたが、「AD変換器の国際標準化とテスト法」の内容は同社技術者(の技術開発業務)に対してぴったりの内容で、「今まで知らなかったことでわかったことがいくつかあり有益であった」(同社技術者)とのコメントを後日いただいた。同社はエレクトロニクス技術を扱っているが高速性・高精度の性能重視(テクノジはCMOS 化にそれほどこだわらない、BJT, GaAs でもよい)、民生機器を扱っているエレクトロニクス・メーカーの低コスト・低消費電力化重視(テクノロジはCMOSが必須)と技術が(細かくみれば)かなり異なるとの印象を受けた。

7.おわりに

休日には学生諸君らも一緒に日光・足利および桐生市内の観光に行った。これらの観光地はほとんどゴミ一つなく清掃されていることに対し「欧州の観光地ではこれほどきれいに管理されていない。日本の“品質管理”はこういったところでも最高レベルだ」と驚いていた。(これらに対し我々日本人は普段あたりまえだと思っているが。) 外国からの研究者訪問は研究室の学生にとって研究面だけでなく「英語によるコミュニケーション能力」の面でもよい刺激となったようである。

アーパイア助教授は電子計測工学科に所属し、筆者も多少とも「電子計測」を研究分野としているが、近年学問としての「計測工学」のアイデンテイが(とくに日本の大学・学会において)厳しく問われているように思われる。ナポリ大学もそうであるが、欧州の大学ではたとえば他にオランダのデルフト工科大学など、「電子計測工学」の研究・教育が非常に充実しており、これらは日本の大学の「計測工学」分野において範となるのではないかと思われる。

最後に、工場見学・会社訪問でお世話になりました方々にならびに招聘に際しお世話になりましたSVBL関係者に誌上を借りましてお礼を申し上げます。

 

参考文献

[1] 小林春夫、「海外研究開発動向調査派遣(欧州大学訪問)」、群馬大学サテライト・ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー平成11年度年報、pp.154-160 (20006).

[2] H. Sugawara, H. Kobayashi and P. Arpaia, “Some Thoughts on Sine Wave ADC Testing”, IEEE Instrumentation and Measurement Technology Conference, pp.125-131, Baltimore, USA (May 2000) .

[3] 岡田幸夫、日本ベンチャー史 零戦から超LSIへ、鳥影社 (2001).




工学部ニュース(185号、2000年10月号)

アーパイア助教授(ナポリ大学)が講演 第3回群馬大学SVBLを開催

九月十一日(月)に群馬大サテライト・ベンチャー・ビジネス・ラボ(SVBL)でイタリアのナポリ大学電子計測工学科のパスカレ・アーパイア助教授 による“アナログ・デジタル変換器の国際標準化”と題した講演が行われ、教職員・大学院生・学部学生・企業技術者が三十人程度参加した。ナポリ大学は ゲルマン系の神聖ローマ帝国フェデリコ二世が十五世紀に設立したヨーロッパ 最古の大学の一つで、現在も高い研究教育レベルを誇っている。また、講演で のアナログ・デジタル変換器は電流・電圧などの自然界のアナログ信号をコン ピュータ処理に適したデジタル信号に変換する、デジタル情報通信時代のキー になる技術である。このアナログ・デジタル変換器の、米国・欧州を中心に行 われている国際標準化活動・テスト・モデリングの研究の基礎的な部分から最 先端までを、“ナポリはピザ、スパゲッテイやジェラートだけでなくこの研究 分野でも世界最高峰である”とユーモアを交えながら四時間程度かけて紹介さ れた。アーパイア助教授はイタリアだけでなく、欧州各国及び米国の大学・研 究機関と協力してこのような研究を進めている。この講演を通じて欧州のエレ クトロニクス・電子計測技術の一端を知ることができ 非常に有意義であった。 また群馬大SVBLはこの研究分野でアーパイア助教授のグループと研究交流 を一年以上前から続けてきていることを付記しておく。(電気電子工学科助教授 小林春夫)







 

工学部ニュース(179号、1999年7月号)

欧州独特のエレクトロニクス技術を習得

六月十五日(火)に群馬大サテライト・ベンチャー・ビジネス・ラボ(SVBL)で イタリアのサンニョ大学のパスカレ・ダポンテ教授による “ウェーブレットによる信号の過渡解析、およびAD変換器のモデリングとテスト” と題した講演が行われ、教職員・大学院生・学部学生が二十人程度参加した。

講演ではウェーブレット信号処理アルゴリズムを用いて、 LSIに欠陥がある場合の情報を非破壊で得ることができる等、 最先端の信号処理理論とその実際への応用が紹介された。 またインターネットを利用し遠隔地にある計測器を リアルタイムに利用できるシステムの研究、 欧州・米国でのAD変換器の標準化活動、AD変換器のモデリングの研究など、 日本ではほとんど行われていない研究活動が紹介された。 ダポンテ教授はイタリアだけでなく、フランス・ドイツ等欧州各国の 大学・研究期間と協力してこのような研究を進めているとのことである。

この講演を通じて日本とも米国とも異なる 欧州独特のエレクトロニクスの一端を知ることができ、非常に有意義であった。 また、これを機会にこの研究分野でダポンテ教授のグループと 群馬大SVBLとの研究交流が生まれつつあることを付記しておく。 (電気電子工学科助教授 小林春夫)




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